レオナルド×ミケランジェロ展 三菱一号館美術館

行きたいな、とつぶやいたら、連れて行ってくださる方が!私ってとってもラッキーなひとだわぁ。

やっぱり、レオナルドvs ミケランジェロよね。

素描のような小さな作品群は、三菱一号館美術館のような細切れで窓の少ない場所での展示にとってもむいてますね。そして、各階の廊下に見える素敵な中庭の緑がまた何かよい息抜きでした。

芸術談義というのも、やはりこのころからあったんですね。

部屋ごとに引用している、レオナルドとミケランジェロの言葉の原点はどこにあるのでしょう。どうしてこの言葉を選んだのか。展覧会の図録にはあったのかしら。色々気になります!彼らは本当にいいあらそっていたのでしょうか?!とても気になっております。今度どこかでまじめにさがしてみようかしら。

先日読んだ本から、ミラノにうつったころのダヴィンチの考えや将来設計について考えていたのですが。ミケランジェロにも、門の要塞化などを描いており。さほどレオナルドの言動は奇異だったのかな?と考えさせられます。

ただ、レオナルドの素描と、ミケランジェロの素描。面白いです。なぜわかるのでしょうね。微妙なアングルが、やっぱりミケランジェロ。人が最も立体的に見える角度。楽しい。

また、レオナルドの(勝手に私が創造した)人物像を、私はとても好き。だけれど、私の中では、彼の描く女性像が美しいと思ったことはないのです。もう少しその理由について考えてみたいなと思う今日この頃。
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染織史3

中世の染織

平安時代~鎌倉時代(8C-12C)
・現存するものがほとんど見られない
・源氏物語絵巻
・神宝の中の神服
1.鶴岡八幡宮
2.熊野速玉神社 足利義光
 3.熱田神社 足利義政
・中国においても、唐と宋時代以降の織物には技術的な隔たりが見られる。
・遣唐使の廃止による、和様の発展
有職織物は、平安時代以来、宮廷をはじめ公家階級に用いられた装束や調度などに使われた絹織物の発展。
 二陪織物、浮織物、綾地綾、固地綾、錦、穀、紗など。・技法
 (1).織
   綾地綾 基本となる。完全複様のような複雑な織物は見られない。
   錦 経錦、緯錦は見られなくなる。もともと日本で作られておらず、輸入のみで、技術者がいなかった可能性も考えられる。
      渡来者がいたのに撤退したという考え方もある。
   羅 羅を折る技術もなくなっている
 (2).染
   応仁の乱により、過去の染織技術が壊滅したか。
 (3)刺繍

Note:二陪(ふたえ)織物(ふたえ)とは。有職織物として知られる紋織物の一種。一般に地紋のある綾地に、別の彩糸で浮文を縫取織にしたもの。すなわち地文様の上に絵緯(えぬき)による上文(うわもん)が重なることから,二陪といわれている。

室町時代後期~戦国時代~安土桃山時代
・真の意味で日本独自の文化が生まれた時代
・技術的には稚拙であるが、日本的である
・明は、高度な技術を持っていたが、技術を流出させない方針。交易で利益を得ていた。
・日本は、中国の影響を受けず、地方武士が独自の価値観で美を見出した時代となる。
 鎌倉時代の武士は、宮廷を尊重していた。絵画における武士も、貴族と同じような肖像画が残っている。
 室町時代以降の武家は、新しい価値観を創出。
 二陪織物、浮織物、綾地綾、固地綾、錦、穀、紗など。・技法
 (1).織
   唐織 『西陣天狗筆記』にみる唐織の歴史 俵屋蓮池家*の秘伝 
*俵屋は、唐織屋の蓮池氏から分家し、俵屋宗利を祖として、難題も続いた家と考えられる。8代目宗達。(というある方のブログから。お墓の墓標からよみとっていらっしゃいました)
 (2).染
   辻が花 縫い初め絞り
 (3)刺繍
   渡し繍 裏に糸を渡さずに刺繍をする方法
 (4)文様
   中国の影響を受けていない日本独自の模様の誕生。
   茶の湯等のわびさびの世界観に代表される。中国の雑器などを大事にした独自の価値観がみられる。
   「雪持」のデザイン・物語と文様・秋草文様・常盤文様(吉祥模様)
 

没後500年記念 レオナルド・ダヴィンチ展

横浜そごうでの展示。

ダヴィンチの様々なスケッチを再現した模型を展示している美術展。子供がたくさん大騒ぎ。大人でも、楽しい。

飛行の研究をしていたのは知っていましたが、実物サイズの模型はなかなか面白いです。こんな重い装置を、頸椎周りにおいたら、首が折れそう。やはり、鳥の様に羽を動かして飛ぶところに始まるのはともかく、鳥の様に羽を動かすところにこだわることが長く続くのが面白いです。グライダーのオリジナルのようなもの、ヘリコプターのオリジナルのようなもの、など自由にあれこれスケッチを残しているにもかかわらず。

模型は主に木とキャンバス地のようなもの、水に関連するものは皮袋を用いて、つくってあります。素材は、どういう想定なのか、ダヴィンチさまにきくすべはないけれど。産業革命は遠い先ですから、加工しやすい材料はそんなになかったんでしょうか。

物理的な意味がまだ理解できてないものがあり。シンプルなのに...アルキメデスのスクリューっていうの。どうしてこれで揚水できるんだろう。考えようとしても思考が止まりますね。ちかごろ、物理なんて一切やっていなかったので。あとは、永久運動の研究となっているものは、そもそもこれで証明な理由がまだわかりませんでした。ウムム。

また、ボールベアリングってどこで使うのかなぁ。二重になっている円筒と、小さい円筒だけ回転させなければならない理由がわからないので、あとで調べます...。

そして、円柱を立てる装置。どうやって立てるのかロジックが納得できず友人と議論していたら、なんと!スケッチと模型が違うのでした(笑)。スケッチならもちろん立ち上げます(笑)。

楽しく遊んで外に出ました。

最期は、フランスでなくなったというお話も楽しいですね。フランスの王様、やっぱりすごい。パトロンとなり、彼を話し相手にしたとは!

染織史2

上代の染織
上代とは、Wikiによれば奈良時代より前という記載がありますね。そんな意味でいいのかしら。

飛鳥時代(AC6末-7C前半)
・法隆寺裂 上代の染織を伝えるうえで世界的にも貴重な文化財。
        明治10年頃東京に移送された法隆寺の献納品。
・仏教と共に、仏殿を飾る染織が伝来。
・技法
 (1).織
   絣 経絣(太子間道、太子広東ともよばれる。)
   錦 経錦(経糸に色を入れて織る。江戸時代くらいからは蜀江錦と呼ばれる)
      連珠円文 玉を重ねた紋様を連珠文、円文の縁に連珠文をめぐらせた文様を連珠円文
   羅 生糸や半練糸を用いる捩織(もじりおり)、経糸を絡み合わせた間に緯糸を通す織り方をする薄く透き通った織物
 (2).染
   纐纈 纐纈絞、鳴海絞 糸を括りつけ、染料につけて、糸を外すと、糸のついていた部分は染ま邸ない原理
   夾纈 2枚の薄板の間に幾重かに折った長い布をはさんで固く締め、板の穴から染料をつぎ掛けて染める原理
   赤い染料 茜が使われるようになる。紅より退色しにくい。
 (3)刺繍
   返し繍
   鎖繍
・具体的な文化財
 - 幡 寺の柱に掛ける組みひものようなもの。極楽のイメージ。翻ってもおかしくないような両側からみても模様が美しい
 -袈裟 罪(執着)を生ぜしめない服
      形・着用方法は、従来仏陀が着用していた衣服。インドの普段着。
      外道のものが着用する城以外の色でつなぎ合わせて方形の形を作った衣服
      一枚の布もばらばらに裁断されれば価値はなくなり人間の思惑を断ち切ることもできる。
      はぎ合わせる方法は田んぼのような形が良い
 -糞掃衣 今朝の中でも最高もの
      不浄とされている廃棄物を拾い、使える部分を洗い、はぎ合わせて作った袈裟
 -中宮寺「天寿国繍帳」 推古30年(699)、妃の橘太郎女が、聖徳太子の追善のために采女に作成させたもの
      下絵は、朝鮮・中国の渡来人によって書かれる。
      技法:返し繍
      極楽浄土の模様が描かれている。白いひだスカート(裳)や、頭陀袋、たすきのようなものなどの衣服が当時の様子を表す。
 
天平時代(-8C末)
・正倉院裂
・技法 
 (1).織
 緯錦 従来の経錦から比べると、模様の輪郭をはっきりさせ、細かい表現が可能
 複様緯錦 羅と呼ばれる技法に似ている。この表現ができたことで、錦の表現が変化。
        細い糸を使い、地を作る経糸と、模様を前に出す経糸を使うことで、輪郭をはっきりさせる。
        緯糸は変えられる。
 複様経錦 はたに経錦を取り付けるところで色を付ける
 Note:用語  経糸(たていと)=織物を織る際にタテになる糸。/ 緯糸(よこいと)=抜き糸(ぬきいと)とも言う。
 綾   従来の平地綾文綾から、綾地綾文綾へ
 綾地綾文綾
 綴織   
 (2).染
 﨟纈
 夾纈
 纐纈
 (3)刺繍
 継針刺繍 裏表両方からみても刺繍らしくなっている。
        幡(お寺の天井からつるす)のようにひるがえってみられるようなものに利用する。
 刺し繍  模様の輪郭線上に針足を揃え、内側へ刺し込む時に一針ずつ長短をつける
        鎖繍(チェーンステッチ)から変化。
 金糸の利用 当時は絹糸にコイル状に金属片を巻きつけていた。弱いので刺繍のみ使用可能。
        織物にするには弱い。現代は、糸の周りに和紙を撒いて、その上に金属を巻く。
・具体的な文化財
 -舞楽装束 襖子(あおし)・布衫(ふさん 麻などで作った単衣。襦袢の類)・半臂(はんぴ)・袍・脛裳・接腰
        伎楽(仮面劇)は、平安時代以降はすたれてしまう
        舞楽(仮面劇)は、平安時代以降も宮廷貴族の年中行事に取り入れられ、残る
 -仏教文化 幡・褥(しとね 靴下)・袈裟・調度品の袋や内張
        緯錦・三纈など、華やかな線食品が見られる。琵琶袋などがみられる
 -高松塚古墳の絵画
       裳 ひだスカート、袖が短い。下にひだがある。


平安時代
遣唐使の廃止による国風文化。伝存品なく、謎の時代

染織史1

先日に習った内容のまとめ~。画像がないとあまり意味のないメモですが。
原始時代の染織

縄文時代(BC1万年-BC4C)
・文字の記録がない。
・織物の技術は、なかったと考えられる。出土品に出ていない。
・編物の技術は、あった。編布(アンギン)と呼ばれる出土品がある。網代編み”や“モジリ編み”と同じ技法。
 出土:忍路土場遺跡(おしょろどばいせき)(北海道)、鳥塚遺跡(福井)
 素材:大麻、苧麻(からむし)、赤麻(あかそ)、葛、藤、楮、科、おひょう(ニレ科)。なお、絹は弥生時代以降。

弥生時代(BC4C-AD3C末)
・「魏志倭人伝」
 禾稲・麻を植え、蚕桑絹績し・・・
・織物の技術が、できた。機(はた)や、紡錘(つむ)などの道具が出土品として存在。
 平織物が中心。機の機能から、綜絖によって経糸を上下させるのみ。
・養蚕、絹糸を紡いで糸を作ることが、開始される。

古墳時代(3C末-7C)
・「日本書紀」
 応神天皇14年(283): 百済より縫衣工女が渡来する。真毛津という
 雄略天皇7年(463):百済より錦部定安那錦(にしごりじょうあんなこむ)が渡来し定住する
 注:錦の意味は、色糸で文様を持ったものと考えられている。
 雄略天皇14年(470):呉国より漢織(あやははとり)、呉織(くれはとり)衣縫の兄媛(えひめ)、弟媛(おとひめ)が渡来し、大和国檜隈野(ひのくまのの)に定住
・中国から技術が渡来する。
 漢から唐の時代(BC2-)、蜀で織物が栄えた。成都は特に栄えていた。
 羅(ら)という織物、もじりながら模様を作る-が流行った。
 素材:絹
 時期:BC1,2- 前漢から始まる。
 道具:機の構造としては簡易なので広まりやすかった。十ふるえという部品が増えればよかった。
 日本に入ってくるのは、飛鳥時代
・平織物から、経錦や、平地綾文へ。古墳内の出土品にあり。紋綜(もんばた)を用いて模様を入れる。
・古墳時代末期には、金・銀の糸も利用。


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M

  • Author:M
  • Yogi目指して、ほへ~っと。
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