魅惑のドールハウス展@横浜そごう

何かストレスがたまっているらしい。たいがいは、観たい展示があっても、平日だったらあきらめるのでありますが。

なんとなく予定をみたら、毎日5-6個会議があるのに、なぜかぽっかり午前中に会議がない本展示最終日(笑)。

こういうときこそ、本当は来年度の計画を練らなければならないのだが、なんとなく力はいらないのも本当。四月からも私はどこにいるのだろう?誰か守ってくれるのかな。今までの守られ感がないのは、年齢を重ねたということかな・・・。

さて、そごう美術館のドールハウス展

普通の絵画や彫刻と同じで、コレクターという切り口、同一作家の作品という切り口とがあるのですが、そういう観点で。

世界の二大プライベートコレクターといわれているのは、イギリスのヴィヴィアン・グリーン・コレクションと、アメリカのモッツ・ミニュチュア・コレクションという2種類です。

解説によりますと、16c中頃にドイツの貴族が子女教育のためにドールハウスを作ったとなっております。スケールは1/12だそうで、今も引き継がれているとされています。

上述のヴィヴィアン・グリーン・コレクションはその流れを汲んでいるんでしょうか。今回の古いものは、18c後半~19cくらいのものがあります。ちょっと古いものは、布が傷んでいて、空き館的な雰囲気もあり、若干怖い(笑)。しかし、当時の美しさは相当なものだったでしょうね。壁にかけられた絵画や彫刻、人形の衣服、ため息が出ます。
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一方で、アメリカのモッツ・ミニチュアコレクションについては、解説でも「おもちゃのおまけに惹かれてコレクションが始まった」と書いている通り、かなり違います。モッツ雑貨店、エルムウッド・スクールハウス(学校の教室)、ピルグリムの住居、モトロポリタン美術館・・・と、ポップカルチャー的なものが多く、1930年代初期のものがほとんどでした。これはこれで、面白いです。

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それにしても、りかちゃんハウスは子供のころ持っていましたが、1/12どころではないようにも思いましたけどね。小さな日本のおうちにはおき場所がないということで、規格外になったのでしょうか。

さて、じっくりみたところで、作家の作品です。

ディケンズの家などを作っていらっしゃるスティーブ・ヒルバートの作品や、以下の農家やローカルの文化を伝えるグラハム・ジョン・ウッズの作品。
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それから日本人の作家さんの修復作品として、スペイン・フランス・イギリス・ドイツなどのハウスがありました。おもしろいですね。建築様式とかエレベーターとか・・・

日本人の現代作家さんの作品も素敵でしたよ~。
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よい息抜きできました。
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特別展「春日大社 千年の至宝」@東京国立博物館

今日のテーマは、先週ラファエラアカデミアでお伺いした善円さんの作品を見に。時代的には、運慶の子供たちの時代。

やはり一番美しいのは、この子。文殊菩薩立像(国立博物館所蔵)。
http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=C23&t=type_s&id=8
1躯
木造,金泥塗り・彩色・切金,玉眼
像高43.3
鎌倉時代 13世紀

立ち姿がきれいな印象が。お顔も美しいし、衣文も几帳面な感じで、切金もきれいです。

善円作地蔵菩薩立像もありました。本当に同一人物の作なのかなぁと思ってしまったけれど。もう一度耳を確認しておくべきだったと思いました。しかし、仏像は最後の方の展示で、もどる元気がなかったのそのまま進みました。顔というより、立ち姿が大分違う印象を受けたもので。

と、目的はともかく、展示全般に面白かったです。内容の割には、混んでいるように見えませんでした。展示をゆったりとした空間作りにしていたからだったのでしょうか。一点一点が大きかったのでしょうか。入場料1,600円のせいということも考えられるかしら。とにかく、人だかりで見えないということはなかったです。

藤原氏とゆかりがあるという文書や、藤原氏を表す藤の柄について、解説が丁寧でわかりやすかったように思います。

展示は、春日大社の草創から始まります。武甕槌命(たけみかづちのみこと)が鹿に乗り、常陸国鹿島(ひたちのくにかしま)から春日の地に降り経ったことに始まるとのこと。そして、鹿にまつわるものがたくさんおいてありました。鹿は、馬に比べて華奢なイメージがありますが、人間をのせることができるのですね。鞍もありましたから本当なのでしょう。人間が小さかったのでしょうか?!

鏡とお榊って、太陽とおそらく山林(森)を象徴化したものですよね。釈迦(一宮)-男性の姿、薬師(二宮)-男性の姿、地蔵(三宮)-男性の姿、十一面(四宮)-女性の姿、文殊(若宮)-子供の姿で絵画上は登場するという象徴化があるそうで、本地垂迹ということのようですが・・・、この形式化をなんとなく心地よく感じるのは、自分が日本人だからなんでしょうか。

そして、春日信仰。春日宮曼荼羅とは、平安時代から曼荼羅という名で呼ばれていたんでしょうか。何かの本によれば、曼荼羅の定義は日本独自のもので、密教系の両界曼荼羅などの世界観を表したものがそのような定義だったと書いてあったように記憶しております。しかし、絵画ってあまり残ってないんですね。あらためて、鎌倉・室町がすこしと、江戸時代が多いのかなという印象を持ちました。藤原氏の時代の絵画はあったのでしょうか。みおとしているかもしれませんが...。

絵巻大好き。春日権現験記絵おもしろいです。展示されている春日本は著色も、文字も、美しくて、読むのが楽しいです。陽明文庫本や紀州本や帝室博物館本といろいろあるんですね。常設のところにも模本などを拝見いたしました。おそらく、仏像を読む前に疲れてしまったのは、これにとりこになってしまったからかと。

他にも色々、お面、厨子、奉納品の刀剣、あるいは舞楽用の衣装などもおいてあり、みるところたくさんです。

帰りはさささと常設を通って帰りました。常設に、鹿をたくさんおいてくださっていました。それもたのしゅうございました。みなさん、特別展に平成館から出入りせず、常設を通っていきましょう・・・と思った次第です。

ラファエラ・アカデミア一日講座「運慶・快慶の周辺」

この講座は、今年の東京国立博物館と、奈良国立博物館の展覧会の前のインプットだそうです。どんな展覧会でしょうね。

先生は、講義中、「運慶・快慶を大河ドラマにするとしたら、名脇役が必要で」なんていう話もされていました。あ、そうだ、この小説読もうと思っていたのだった・・・「荒仏師 運慶

そう、今日は、運慶・快慶と同じ時代を生きた仏師たちをみていきます。

もちろん、ドラマにするなら、保元の乱・平治の乱、なんと焼き討ち・鎌倉幕府成立、承久の乱と、権力者たちの涙の物語とあわせてみていくのが普通だと思うんですが。一方で、仏師の世界の話を中心に構成するとどうなるんでしょうっていうお話。

今日の最初の登場人物は、運慶の実父「康慶」とその兄と思われる「成朝」からはじまります。なぜ、長男の成朝ではなく、康慶が成功したんでしょうね。いやはや、成朝さんの作品がみあたらず、吾妻鏡など文献に多少情けない記載というところで、もう妄想がはじまっていきます。

次は、運慶と快慶と並んで、康慶の弟子にあたる「定覚」と「定慶」。定慶は作品が興福寺内には4点残っているのに対し、定覚は単独の作品が少ないらしいです。でも、定覚は、康慶・運慶とは血縁関係にある可能性もあり、また快慶とは共同作業が多いなんていう話も出てきました。フムフム。また、この中で銘文等がなくて、作者がわからない仏像の紹介があり、この2名の作品であり得るか?なんていう議論もありましたよ。どうやって謎を解くんでしょうね。

さて、このあとは、運慶工房のお話に入ります。京都・極楽寺にあるらしき法華経の写経を、運慶願経というらしいです。そして、その運慶願経の奥書き(?、よくきいていなかったのかメモになかったのですが)には、結縁の仏師が書かれているそうです。8巻っておっしゃったかな。そして、この中に書かれている7名 実慶、快慶、寛慶、宗慶、源慶、円慶、静慶という仏師だそうです。

更には、時代が進んで、運慶の子供たちにうつっていきます。彼らみんなを一人前にするのには、かなり大変だったでしょうねって話もでてきます。位を与えられるとか、譲渡するとかそんな話も出てきて、その理由はなぜなのか考えたりした結果を教えていただきました。運覚は、なぜ実子ではないのに位をあげたのか、娘婿だったのではないか・・・なんていう推測は面白いですね。学問的に正とするには検証は必要なのでしょうけれど、何らかの推測をしながらいつも文献にあたっていくと、答えが出たりするのでしょうね。ずっと研究されている先生方の感覚にはとても私にはわかりませんが。

話は飛びますが、運慶のあとの時代の造形が、運慶を越えられない理由なども、コメントがありました。まぁ、いつの時代も、天才のあとは大変・・・。でも、康弁の興福寺竜灯鬼像とか、かわいい。興福寺でみたのかなぁ、おぼえてないってどうなんでしょうね。

その子供たちと同時代の肥後定慶と、善円という弟子たち。例えば善円は春日大社の古い時代の翻案を手掛けるなど、運慶の強い影響とは異なる方向で、定慶派と善派というような方向性ができてくる。先生からは、新和様と呼んだらどうだろうなんていう提案までありました。この全員の作品の傾向関係図を、先生が最後に示されました。おもしろいですね。

さ、7月のアカデミアも申し込むの忘れないようにしなければ。まだ募集始まってないのかな。

正直言うと、最近、猛烈無気力。家に居ても、全く本も読まなければ、勉強もしないありさま。とにかく何か読んだり、考えたくない。少し無意識なdepressionがあるのかな~と思ったりもしますが。でも、あっというまに先生のスピードとリズムのある(昔に比べればゆっくりだけれども)講義に、吸い込まれていきました。

山本有三記念館

三鷹で友人が味噌作りを教えてくださるという。

三鷹・・遠い!ついでだから三鷹でしかできないことをちょっとだけなにかしたいな~とおもってたところ。太宰治のサロンと、山本有三記念館を発見。よしっ、行くぞ~。

しかし、ぼんやりしていたら、三鷹で降りる予定が、吉祥寺で無意識に改札を出てしまいました。

吉祥寺から、井の頭公園を通って・・・適当に歩いていきました~。なんとなくジブリの森までいけるなら、山本有三記念館もいけるんじゃないかなという勝手な思い込み。昨日パソコンで見た地図では近かった。スマフォができてから、ほんと怖がることがなくなりました。昔は地図もってあるいたりしたものですけどね。

井の頭公園へ。実は、初めて!いや~、私は、写真のボートにデートで乗ると別れるっていう迷信は存じ上げておりましたが。残念ながらどなたにもさそっていただけず、みたことがなかったのです(笑)。ちょっとワクワク。意外と素敵。

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そんなわけで、井の頭公園の中に、遺跡群とか、神社があるなんて知りませんでした。おもしろ~い!

初詣していなかったので、おみくじまでひいちゃいました。ちょっと元気になる内容でもあり、言動にはきをつけよといういましめる内容でもありました。

銭洗いはしませんでしたけれども。酉の市に願掛けしたので、今シーズンは、大鷲神社様への願掛けでいきますよ。

そして、ようやく山本有三記念館。

20170115_kichijyoji-mitaka (5)

洋館。戦争で焼けなくてよかったですね。

本当におしゃれです。いたるところに暖炉があり、たっぷりとした窓からの光に加えて、さらにほんわかした雰囲気をかもしだしています。その暖炉の煙突が各面で外壁の美しい造形を形成しており、ほんとうによく考えられたデザインですよね。

ちょっとした、窓枠のデザインやら、ドアの形なども、どこかアールデコ風なかわいらしさがあり、そとからも中からも素敵です。たくさん写真撮ってしまったけれど、どれひとつとして、きれいにとれていませんでした。フラッシュ禁止のせいもあるかなぁ。暖炉の横に置いてある、火をくべる道具などもおしゃれでした。家具含め、すべて山本氏のものなのかよくわかりませんでしたが。

中には和室もあり、そこも今はほとんど見られない塗り壁で、なんとなく懐かしく・・・

そして、展示。実は、私、山本有三氏と誕生日同じらしい~。龍之介さんとお友達でもあったんですね。でも、路傍の石も、ある女の一生も読んでいません。映画のキャストを見るにつけても、当時、力の入った映画だったであろうことは簡単に想像できますね。近く、読んでみようかしら。

明治天皇、横濱へ @ 横浜開港記念館

横浜開港記念館、200円なので、時間がなくても気軽に入れるのが好きです。展示も多すぎず、私みたいにすぐ脳が飽和してしまう人間の1日の勉強量にはちょうどいい。

今回のテーマは、明治天皇。さほど横浜と深い関係はなかろうとは思っていきましたが。思った通り、それほどでも・・・ないですね。

ただ、東幸の途中で横濱に寄った記録。開港という意味では、重要な場所となったのだなぁとは思いました。また、伊勢山の中腹に御用邸があったのですね。絵図と写真を見てもどこかまだわかってないのですが(笑)。ネット検索中。

根岸に競馬場が社交場として作られたこと、英駐日大使アーネスト・サトウ氏が設立にかかわっていること、明治天皇もいらしたことなどが資料と共に説明されていました。ブラタモリで、横濱とはどこを指していたのか、関内とは何か、などというお話をきいていたせいでしょうか、競馬場の位置が根岸というのはすっきりと入ってきました。小学校のころ、黄金町には、赤鉛筆を耳にかけた、怪しい感じのオジさん方が近所にうろうろしているのをいやがっていましたが。この開港の歴史と関係あるのでしょうかねぇ・・・。

いつか調べてみようといいながらいつも調べないけど、気になること。高島町の地名は、ガス灯をつけた、高島嘉右衛門氏と関係あるのでしょうか。丁度彼の住んでいたと書かれているところに一致するような気がします。

#追記:↑ある方から、そのことが書いてあるサイトをご紹介いただきました~。
     http://hamarepo.com/story.php?story_id=3222
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