深夜食堂1-3

病院にあったので読んだ漫画。

頼んだら何でも作ってくれるお店のお話。

グルメ本ではなく、食事にまつわる人間ドラマ編。まぁ、面白いかなぁ。たこさんウインナーとか、目玉焼きとか、一日おいたカレーとか、猫まんまとか(笑)

最近漫画は高いので買わないのです。何度も読まないですし・・・。でもたまにはいいかも。
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駒 敏郎著「天狗筆記物語―私説西陣の歴史 」(1977年)

駒 敏郎著「天狗筆記物語―私説西陣の歴史 」(1977年)

江戸時代の京都は、やはり、日本の中心だったのだなぁと、実感する内容。

一番面白かったところは、技術のお話。西陣は、糸を撚る技術を隠していたらしいんです。奉公人にはやらせない。その技術を盗んだ話。そして、丹後縮緬等、地方の技術の発展。

そのあとのお話は、どうやら先日講義で丁度まだやったばかりの、幕府の禁令のお話で幕を閉じます。渋い、粋、いいじゃないですか。

あー、もっと色々きれいなものみたいなぁ~。実は、博物館学のレポートは着物で書いたわたくしですが、成績は芳しくなかったでした。今ならもっと面白い企画にできるかも。あの時は、慶長小袖、寛文小袖、元禄小袖の話しか知らなかったので。

呉座勇一著「応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 」(中公新書)

人気だということなので、とりあえず読んでみましたぁ。

読み終わってみると、やっぱり理解できてない。

とりあえず、大乗院の門主から、興福寺別当となった、経覚によって書かれた日記、「経覚私要」や、そのあとに別当となる尋尊の『大乗院寺社雑事記』を中心に色々分析されているようです。

興福寺の時代的位置づけを理解するところで、おなかいっぱいになり、その周辺の守護たちの関係とか、まったくだめでした(笑)

しかし、あとがきを読むと、意図しなかった大反乱になってしまったというのが描かれているようで・・・。うーん、そうなんだという感じでした。

さて、いつかまた読むかしら。。。

Harvard Business Review 2017年 6月号 [雑誌] (ビジネスエコシステム 協働と競争の戦略)

まぁ、読んでも読んでも答えはないものです。

自分が社会にとって必要だと感じる何か、あるいは他人が必要と感じる何かを察知し、他人に必要性を訴え・・・という何か腹の底からわきあがるものがないと厳しいのではないかなと思う。

正直、異文化交流とか、ハッカソンとかいろいろあるけど、私はその効果については若干疑問ももっている。イベント-勉強会が、常に行われていることは、とても助かると思う。何かのアイディアのきっかけを得るかもしれない。会いたい人がスピーチするなら、そこにいけばいい。問題意識をプレゼンして、仲間を増やしたり、自分のやりたいことを宣伝するのも効果的かも。でも、イベントがイノベーションを起こすわけではないと思うのです。

そして、ひとつだけ、「なぜ人は昇進すると横柄になるのか」というアーティクルは印象的でした。こんな小さな世界でと日々思いつつ、どうして人々は...と思っておりました。どんな小さなことでも、既得権ってなかなか手放せないもののようです。それを平気で口に出す人もよくおみかけします。自分が享受できないそういった権利については感じるけど、自分が享受し始めたらわからなくなるのだろうか?と、自分をいましめるために。色々社会的な立場で人格が壊れていくのってこわいなと日々感じています。私は、アウトローのはずなのに(笑)。マインドフルネスがきくということで、実践できるようにしてみようかしら。


多田富雄著「イタリアの旅から」

アメリカにももって行きながら、読み終えられなかった本。

ここ数週間は、6月の旅行、夏休み、10-11月のオケ来日チケットと心がわらわらとして何も手につかなかったのです。夏休み、海外にいくのはやめておこうということにしたら、なんとなく心の平静をたもてるように。

昨年の梅酒の梅を上げたり、そろそろ味噌甕の蓋を開けなければいけないのですが・・・ちょっと、味噌甕のカビが怖くてまだあけられずグダグダしながらこの本へ。

おもしろく拝読。

いや、こんな風に旅をしてみたい。ゆるりと。いつも、一週間でとんぼ返り。退職したらできるかなぁ?

色々、歴史と地理、その美術に関して言うと、読んでもやはりすぐに抜けてしまうのですが。エッセイの締めが、丁度、おとづれたことのあるタルクイーニアだったので、その不思議な地形、お墓、記憶がよみがえってきました。 

ほんと、エトルリア人にうまれてみたかったわぁ。楽天的、享楽的で、でもロジカルで。美しいものに囲まれているようでした。

そして、もう一つ、なぜか強くに頭に入ってきたお話は、ボッティチェリの春。実は、パッツィ家の反乱(Wikiですと、「パッツィ家の陰謀」となっています。イタリア語: Congiura dei Pazzi)に関連しているらしいということ。1478年、フィレンツェのパッツィ家(Pazzi)がライバルであるメディチ家当主のロレンツォ・デ・メディチらを暗殺しようとした事件だそうです。ロレンツォは逃れますが、ロレンツォの弟のジュリアーノは殺害されます。この絵は、そのジュリア―ノと、その恋人シモネッタの物語とこの中には書かれています。

他のページをみると、ボッティチェリの「ヴィーナス」も、フィレンツェ一の美女と呼ばれたシモネッタがモデルともありますね。シモネッタさんが亡くなってずっとあとの作品のようですが。

ちなみに、色々なサイトをみると、この後、ロレンツォは、パッツィ家関係者らへの報復は容赦の無いもので、パッツィ家当主をはじめ100人近くが捕らえ、処刑したようです。特に、ジュリアーノを最初に刺したるベルナルド・バンディーニ・バロンチェッリ(Bernardo di Bandino Baroncell)はコンスタンティノーポリまで逃れたものの捕らえられ、フィレンツェに送られて絞首刑にされました。その様子は、ダ・ヴィンチによるバロンチェッリ(イタリア語版)処刑のスケッチ (1479年)が有名のようです。

華やかにみえるようで、パトロンの思いがわかると、ちょっとこわくなったりするような。

フィレンチェというと、ローマの休日♪なんだけどなぁ。しかも、英語読みはフローレンス。いってみたい場所ではあるけれど、こんな事件もあったのですね。

お金持ちって大変。最近一般人でよかったなぁとつくづく思う日々でした。
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