呉座勇一著「応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 」(中公新書)

人気だということなので、とりあえず読んでみましたぁ。

読み終わってみると、やっぱり理解できてない。

とりあえず、大乗院の門主から、興福寺別当となった、経覚によって書かれた日記、「経覚私要」や、そのあとに別当となる尋尊の『大乗院寺社雑事記』を中心に色々分析されているようです。

興福寺の時代的位置づけを理解するところで、おなかいっぱいになり、その周辺の守護たちの関係とか、まったくだめでした(笑)

しかし、あとがきを読むと、意図しなかった大反乱になってしまったというのが描かれているようで・・・。うーん、そうなんだという感じでした。

さて、いつかまた読むかしら。。。
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Harvard Business Review 2017年 6月号 [雑誌] (ビジネスエコシステム 協働と競争の戦略)

まぁ、読んでも読んでも答えはないものです。

自分が社会にとって必要だと感じる何か、あるいは他人が必要と感じる何かを察知し、他人に必要性を訴え・・・という何か腹の底からわきあがるものがないと厳しいのではないかなと思う。

正直、異文化交流とか、ハッカソンとかいろいろあるけど、私はその効果については若干疑問ももっている。イベント-勉強会が、常に行われていることは、とても助かると思う。何かのアイディアのきっかけを得るかもしれない。会いたい人がスピーチするなら、そこにいけばいい。問題意識をプレゼンして、仲間を増やしたり、自分のやりたいことを宣伝するのも効果的かも。でも、イベントがイノベーションを起こすわけではないと思うのです。

そして、ひとつだけ、「なぜ人は昇進すると横柄になるのか」というアーティクルは印象的でした。こんな小さな世界でと日々思いつつ、どうして人々は...と思っておりました。どんな小さなことでも、既得権ってなかなか手放せないもののようです。それを平気で口に出す人もよくおみかけします。自分が享受できないそういった権利については感じるけど、自分が享受し始めたらわからなくなるのだろうか?と、自分をいましめるために。色々社会的な立場で人格が壊れていくのってこわいなと日々感じています。私は、アウトローのはずなのに(笑)。マインドフルネスがきくということで、実践できるようにしてみようかしら。


多田富雄著「イタリアの旅から」

アメリカにももって行きながら、読み終えられなかった本。

ここ数週間は、6月の旅行、夏休み、10-11月のオケ来日チケットと心がわらわらとして何も手につかなかったのです。夏休み、海外にいくのはやめておこうということにしたら、なんとなく心の平静をたもてるように。

昨年の梅酒の梅を上げたり、そろそろ味噌甕の蓋を開けなければいけないのですが・・・ちょっと、味噌甕のカビが怖くてまだあけられずグダグダしながらこの本へ。

おもしろく拝読。

いや、こんな風に旅をしてみたい。ゆるりと。いつも、一週間でとんぼ返り。退職したらできるかなぁ?

色々、歴史と地理、その美術に関して言うと、読んでもやはりすぐに抜けてしまうのですが。エッセイの締めが、丁度、おとづれたことのあるタルクイーニアだったので、その不思議な地形、お墓、記憶がよみがえってきました。 

ほんと、エトルリア人にうまれてみたかったわぁ。楽天的、享楽的で、でもロジカルで。美しいものに囲まれているようでした。

そして、もう一つ、なぜか強くに頭に入ってきたお話は、ボッティチェリの春。実は、パッツィ家の反乱(Wikiですと、「パッツィ家の陰謀」となっています。イタリア語: Congiura dei Pazzi)に関連しているらしいということ。1478年、フィレンツェのパッツィ家(Pazzi)がライバルであるメディチ家当主のロレンツォ・デ・メディチらを暗殺しようとした事件だそうです。ロレンツォは逃れますが、ロレンツォの弟のジュリアーノは殺害されます。この絵は、そのジュリア―ノと、その恋人シモネッタの物語とこの中には書かれています。

他のページをみると、ボッティチェリの「ヴィーナス」も、フィレンツェ一の美女と呼ばれたシモネッタがモデルともありますね。シモネッタさんが亡くなってずっとあとの作品のようですが。

ちなみに、色々なサイトをみると、この後、ロレンツォは、パッツィ家関係者らへの報復は容赦の無いもので、パッツィ家当主をはじめ100人近くが捕らえ、処刑したようです。特に、ジュリアーノを最初に刺したるベルナルド・バンディーニ・バロンチェッリ(Bernardo di Bandino Baroncell)はコンスタンティノーポリまで逃れたものの捕らえられ、フィレンツェに送られて絞首刑にされました。その様子は、ダ・ヴィンチによるバロンチェッリ(イタリア語版)処刑のスケッチ (1479年)が有名のようです。

華やかにみえるようで、パトロンの思いがわかると、ちょっとこわくなったりするような。

フィレンチェというと、ローマの休日♪なんだけどなぁ。しかも、英語読みはフローレンス。いってみたい場所ではあるけれど、こんな事件もあったのですね。

お金持ちって大変。最近一般人でよかったなぁとつくづく思う日々でした。

今村ひとみ著「教育はよくなっているのか?: 現職教師が語る"不都合な真実”」

教育は、未来の子供たちに影響することだから、とても重要な話題だし、課題だと考えます。

貧困家庭、学習障害、目次にあるどの項目も、少なくとも自分の児童だった頃には起こっていたと感じています。当時長時間労働はあったかわかりませんけれども。ようやく、学校の問題が、表に出始めたというのが真実のような気もいたします。

また、教員という観点で現れてくる奥底に、日本の社会の問題の本質が潜んでいるような気がいたしました。ニュースでは、ここまでまとめて目にすることはないので、本のような形で読むのはよいと思いました。

少しずつこうして現場から問題解決しようという声があがるのはいいですね。また提言があるのも。

民間企業に勤めていますが、変えたいと思わないことが怖いと思うわたくしです。

毎週NHKは、朝から、暗い特集。お墓のこと、老人の生活。ボケてしまったら、病気になってしまったら、先の不安ばかり考えて生きていたら、生産的な発想が生まれてこないような気がします。

60才まで毎日必死に働いて、身体も弱って、病気がちな余生。親の介護で、自分の老後の貯蓄が残るかもわからない。子供はいない。いくらためても、いつ死ぬかわからない、恐怖におびえて、必死にお金ためて・・・。っていうなんとなく利己主義を促進するような・・・。社会がそうなれば、その影響を学校もうける。

できれば、60才超えても健康で、できるだけ最期まで自分の生活を支えるような生産をできるような生き方をできないかなぁ・・・と願いますが~。

日本の未来をポジティブに考えるのは楽しいですね。

ブリア サヴァラン著 「美味礼讃」 岩波文庫

最近読んだ本に引用されていたので手に取りました。

岩波文庫、翻訳は1962年くらいなんですかね。もう少し新しいものを買えばよかったでしょうか。

出だしの「本を書くにあたっての経緯」を読むだけで、微笑んでしまう私です。高校時代は、倫理の資料集に出てくる引用書籍を片っ端から読むというわけのわからないことを楽しんでいましたが。しばし忘れていた、あのとき感じた愉快な気分を思い出しました。あの時もう少しまじめに世界史を学んでいれば、もっと違う世界が広がっていたのにね、というのはさておき。長いこと忘れていた世界観です。

サヴァラン氏は、1755-1826年の方らしい。名前は、あのケーキのサヴァランの名前の由来も彼にあるらしいですね。最近、アルコールヒタヒタのケーキをみかけることが少なくなりました。

フランス革命前後にこんなことを書いていたり、ニューヨークをぶらぶらしていた理由はなんなのだろうと、Wiki Pediaをみてみました。「革命末期、自分の首に賞金がかけられたことを知ったブリア=サヴァランは、まずスイスに亡命。後にオランダ、生まれたばかりの東部アメリカへと亡命。アメリカには3年間滞在。その間、フランス語とヴァイオリンの教師としてボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ハートフォードを渡り歩く。ニューヨークのパーク・シアターでは第一バイオリンを務めたこともある。」とありました。なるほど。そのあと、パリに帰って亡くなる直前、1825年くらいに本著作を書いているようです。

取り扱う内容は、栄養学のようなもの、食材についての説明、健康-もちろん肥満と拒食、歴史、多岐に渡ります。自分の経験に基づく話がはしはしに挿入され、エッセイとしても面白いです。「世間には、生まれつき鋭敏な器官ないし持続的な注意力を持たない人がいる。・・・」なんて書いちゃっているその感覚ももちろん楽しいです。

そして、あとがきを見てびっくり。花森安治さんに勧められて翻訳されていたのですね。普段みていない朝ドラですが、「とと姉ちゃん」だけは、当時夜の再放送を見ておりました。ふぅん、花森氏、こんなのも読まれていたんですね。
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