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講義に行ってきました

 「願成就院と運慶」というタイトルの講義をうけてきました。いつかいつか、願成就院で拝見したい。

 いつみても美しいと思っていたけれど。なぜ毘沙門天と不動明王が肘を上げているのかという話を伺って、ますます運慶の立体感覚、宇宙感覚というものを実感したところが、今日の私のハイライト。そう思うと、阿弥陀様のもとの顔が拝見できないのが本当に口惜しいですね。もしかして、もっと違う世界観がみえたかもしれないと。だって、顔も重要な要素。

 一方で、ご住職が最後に運慶はそこで制作したのか?というお話に対して、コメントされていたのも印象的でした。どうでしょうかね。でも、足を運んでその空間は一度はご覧になられたのか?

 さてはて、今日の講義は、運家の生涯から始まり、願成就院の歴史、そして、各仏像の造形と納入品についてひとつひとつ詳しく・・・といった構成。

 願成就院は、どんな「願」を成就させるための、だったのかというお話から始まります。吾妻鏡に書かれている内容ではなく、歴博本『転法輪鈔』に書かれた供養の趣旨のご説明。フム~。そういえば、昔、関幸彦著「北条時政と北条政子」山川出版社も読んだっけ。すっかり忘れてしまったので明日読んでみましょう。

 さて、ここからは、造形の話に入ります。古典様式 vs 新表現。猛烈な勢いで進みました!(笑)書き留めていきたいところいっぱいすぎるのですが、それはノートで・・・。

 ハイライトは、まだ結論が出ていない、説法印のお話なのですよね。説法印の解釈の変化が、造形的な変化へと導いた?あぁ、次の講義が楽しみです。フフフ。 

 なぜ先生の講義を聞き続けるのか。それは、研究のプロセス、進化を知ることができるからだと思います。私の知る授業は、「○○によれば、こうこうこうなっています」という事実を淡々と語る講義が多かったのです。"覚える"ことを中心とした講義。先生は、「何に注目したか?/疑問を持ったか?」、「推察」、「検証」・・・という講義形式になっており、研究ってこうやって進めるのかぁ~と。

 自分で何か注目するというのはなかなかできないですが、聞いているだけで脳を刺激されているのがとてもよくわかります。なんとなくワクワクする!というのかしら。

 どうして、小学生・中学生のとき、そういった講義形式にしないのかなぁ~と。確かに考える以前の知識が足りないのかもしれませんが。

 「先生の答えてほしいことを答えること」が優等生の秘訣ですよね。先生の考えを受け入れるということ。疑問を持ったり、何かに注目したりするということに慣れてない日本人多いのでは。自分も含め、仕事をしていても、思考が止まっている人の集まりになったりします(笑)。脊髄反応の仕事をきっちりこなすのは得意なのになぁ~。
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