朽木ゆり子「東洋の至宝を世界に売った美術商: ハウス・オブ・ヤマナカ」 (新潮文庫)

http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E3%81%AE%E8%87%B3%E5%AE%9D%E3%82%92%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E5%A3%B2%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%BE%8E%E8%A1%93%E5%95%86-%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%8A%E3%82%AB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%BD%E6%9C%A8-%E3%82%86%E3%82%8A%E5%AD%90/dp/4101278911

明治時代から、第二次世界大戦あたりまでの、山中商会の渡米から、戦時中のアメリカの敵国企業の解体までを描いています。

色々な観点での読み方で楽しめる。

明治という時代に、山中商会という小さな会社が、ニューヨークに出店し、大きな活躍を示したというような、山中定次郎氏、またその後継者の冒険の人物史。

とにかく、定次郎氏は、魅力的だったよう。姪の婿養子って関係で、働きが認められて、こういうポジュションになったようだ。「美術館は美術品の墓場」とかいう考え方。彼を評して「山中の展覧会というものは、陳列品の一つ一つを見ると、どうかと思うものがあった。しかし全体としてみると、なんといっても一つの独特の調子があり、一つの大きい規模があり、かつ烈々たる指導精神があった。」(山中定次郎伝内の倉橋藤治郎談)なんていうのは、人物像として面白い。もしかして、万国博覧会的なイメージだったのでしょうか。

ほかの読み方としては、財界人たち、ロックフェラー氏、J.P.モルガン氏、チャールズ・ラング・フリーア氏などなどが、山中商会という企業を通して、東洋美術品を集めたという歴史。そもそも、フェノロサすら、山中氏にお願いしていることがあったらしい。それは、山中商会が大阪市営むことではぐくんだ骨董への造詣によって、そして日本のみならず中国からをも美術品の調達力によって、できた関係であった様子。

さらには、第二次世界大戦と、アメリカ政府と、敵国、日本人のあつかいとか、そういった歴史。

そして、どの観点でも、詳細のデータ(書簡や、政府の記録)に基づいており、読み応えがある。

私の関心としては、やはり、美術品はなぜ美術品たれるのかということ。それを後世に残すということはどういうことなのか。

教会や、お寺にあるものは、信者たちが大事にしてきたのかもしれない。時代が変わって、個人のコレクターが買い取って、またその人の財力で大事にしたのかもしれない。侵略戦争は、侵略する国のものを叩き壊すけど、コレクターが集める分には、決して自分の持ち物を叩き壊したりはしない。それを美術館に集めると言うことは何を示すのか?

いつの時代も、持ち主次第で、大事にされたり、放出されたり・・・。
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