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ハマの大地を創る @ 横浜開港資料館

 http://www.kaikou.city.yokohama.jp/news/poster-index.html

 私たちのころは、「わたしたちの横浜」という 副読本が配布された記憶があります。たしか小学校2年生くらいで、郷土史を習いました。吉田新田は、かなり大きく取り扱われるトピックでした。

 そのころ、大岡川は、どぶ川と呼ばれていたけれど、なんだかお掃除したり、桜の木を植えたりしてだんだん整備されてきたのですが・・・

 私の小学校のころ、迷子にならないための自転車コースは大岡川だったりもしましたし・・・。港の方に出るのも、子供の足で1時間弱かかったと思うのですが、そちらにいくのも、上流に上がっていくのも、好きでした。

 先日、ブラタモリでも先日吉田新田扱っていましたもので、ついつい気になって。

 なぜこんなところに、材木屋さんみたいなのがたくさんあるのか・・・

 なぜこんなところに、こういった風俗店がたくさんあるのか・・・

 「ここにある」という事実は、生活するうちについてきて、あたかもそうあることが自然であると受け入れてきてしまったのだけれど。歴関内という名前がなぜついたのかとか教えていただくにつれ、そういうことなのかとわかる。

 横浜村って、あんなに東海道から遠いあの土地(!)だった理由も、目から鱗。そうですね、開国したくないんだもの・・・。

 と、ブラタモリの解説にいろいろ感動したところ。

 今日の学びは、吉田勘兵衛または吉田家というのは、大規模なものだったこと。そしてかなり高い評価を得ていたことなどを知りました。これだけ大きな区画を干拓するのは大変なことだとは容易に想像できるものの・・・、やはり、それだけリードできるには財力・影響力がそれなりにあったということですね。おうちの間取り図なんかもありまして、おもしろうございました。
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