ラファエラ・アカデミア一日講座「仏像と王権」

 「日本仏像史講義」(別冊太陽)をベースとして・・・ということで始まりましたが。

 奈良時代から、江戸時代まで、2時間で話をうかがいます。こんなにたくさんの仏像を短時間に観たこともないですし、奈良時代から江戸時代まで一気になんて講義は珍しいのではないでしょうか。また新しい試みで楽しいです!けど、ちょっと集中力2時間は、大変でした・・・。

 「時代の切り方」も新しく・・・。

 また、最後の結論である「日本の王権を表す仏像は・・・・、その安定した美意識を日本の仏像史の特徴としてよい」という結論に驚かされました。違いを学んでいると思ったら、共通点を見出す講義だったとは!という驚きの講義でございました。

本の構成は以下のようになっています。
第一講 仏像の黎明──飛鳥時代~
第二講 古典の完成──奈良時代~
第三講 転形と模索──平安時代I~
第四講 和様と耽美──平安時代II~
第五講 再生と変奏──鎌倉時代I~
第六講 伝統の命脈──鎌倉時代II~

しかし今日は、こんな構成で・・・
1. 王権と仏像の黎明
2 王権と仏像の古典
3 王権と仏像の和様
4 王権と仏像の変容
5 王権と仏像の伝統

 最初は、インドや中国の王権と仏教の関係から説明。インドの仏像ができた由来といわれる説話も、なかなか面白いです。で、日本はどうなの?となるのですが。一部の時代を除いて、王権と仏教の関係は良好。だから日本は仏像が多く残っているということだそうです。

 そして「王権と仏像の黎明」では、ダイジェスト的につまみ食いをすると、止利仏師と蘇我氏は何らかの強い関係があった。蘇我氏の王権を象徴する仏像 "聖徳太子を象徴"しているのではないかと。"日本書紀"に記載されている内容と、たくさんの仏像の写真を見ながら考えていきます。

 「王権と仏像の古典」では、国家的寺院の展開として、大安寺、薬師寺、興福寺・・・。大安寺はかなり重要な位置づけだったことがわかっている。康尚、定朝、湛慶などが模像を作っていることから、平安後期・鎌倉時代の正当仏師にとっても抵抗のない姿であったのではないかという結論なのですね・・・。

 「王権と仏像の和様」では、鑑真や密教などが入ってきて、唐風の洗礼を受け、承和様式を確立しながらも、やっぱり和様が確立していくというところを学びます。王権に近い地位をもった摂関家と、定朝の関係から切りだします。なぜ定朝が僧綱を与えられたのか?聖なるもののための聖なる仏像は、聖なる仏師が作る・・・。いや、なんだかおもしろいです、こういう思想。そして、次もまた、院政と六勝寺による和様を考えます。円派・院派・奈良仏師、皆関わっているというところを学びます。

 同じ場所に、円派・院派・奈良仏師の仏像が置かれていても違和感のない形になっていたことがわかるということなんでしょうか。ちょっと、まだ、実感はできていないですけど。

(続きはそのうち)
 「王権と仏像の変容」

 「王権と仏像の伝統」

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ご清聴ありがとうございました。準備不足を露呈し、構成が十分練れておりませんでした。共通をみようとしたものであることはご指摘のとおりです

Re: タイトルなし

ありがとうございました。

美術史とは、右と左に対象物を並べて違いを説明することだ・・・みたいな手法に慣れてしまっていたので。また新たな手法を学べました。

和様とは何か?は、面白いテーマと思いました。
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