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アムステルダム3日目-アンネフランクの家

アンネフランクの家に行ってまいりました。

ウェブ予約は2か月前の同日から。一度に入る人数が決まっていて、とるのが大変なんですって。7人の一行の予約はとれないかもしれないって話はお伺いしておりました。でも、オランダ時間でスタンバイまでしていただき、予約を取っていただきました。ありがたや・・・。

きれいな入口?!あとで知ることになるのは、ちゃんと、当時のドアは残っていました。
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撮影禁止なので写真はこのあとはありません・・・。

「アンネの日記」。子供のころ2冊もっていたけれど、装丁が同じものは、もう売っていないのですね。誰かに貸したら2冊とも帰ってこなかったようです。1つは子供向けでピンク色の背表紙だったような気がします。もう一冊はもっと白っぽかったような、どうだったろうかしら。オランダや英語版を見る限り、日記はおそらく抜粋で、全部ではなかったように思えます。

彼女の直筆の日記が置いてあります。本当に細かい几帳面な字で、ぎっしりとかかれています。もう少し柔らかい丸い字かなぁと文章からは想像するのですが、わりと縦に長い文字。

そして、アンネとは決して発音せず、アナかなにかに聞こえること。ドイツからオランダに移住したこと、モンテッソーリ式の教育を受けていたこと、一階は工場と事務所だったこと、4人の支援者がいたことなど、本に書いてあったのでしたかねぇ。覚えていません。でも、当時子供として読んだ感想と、大人になって知るのは全く違うものですね。子供のころは、戦争で閉じ込められたという恐怖より、閉じ込められたことで広がる空想のほうに心がいってしまっていたようだった気がいたします。最後が悲しかったのは覚えていますが、おどろおどろしい記憶としては残っていません。

ここにきて、工場が下にあって、工場で働いている人は、彼らが住んでいることを知らない。音も立ててはいけないというのがどんな状況か、想像がようやく現実的になりました。思ったよりは広いエリアではありました。でも、大きなオランダ人と日本人の視点とはもっとちがうかもしれませんね。トイレも流せなかったのでしょうか。シャワーは浴びたのだろうか。想像を・・・・

また、カーテンをあけることができなくて、暗かったということ。どんなふうに字を書いていたのでしょうか。ここにこもって、運動もせずにいたら、そのあとの強制収容所にいくまでに、体も弱っていただろうことも想像できます。

家族の説明もありました。強制収容所の名前のリストやら、彼女たちのカルテのようなものもあります。なんとなく息がつまります。

そんなに広いエリアではありませんが、家を出て明るい光の入るカフェへおりたときのふわぁっとした感覚はなんともいえませんでした。


さて、斜め前に、チーズミュージアムがあります。うふふ・・・

本当に色々なチーズが。試食できます。私は山羊のチーズ好き。いろいろなハーブなどがはいっている。たくさん買ってしまいました。

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それから、ホテルを移動して、バスツアーに参ります!


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