上野千鶴子著「サヨナラ、学校化社会」ちくま文庫

上野千鶴子著「サヨナラ、学校化社会」ちくま文庫

久々によく笑った。一行目から、毎行笑った。どうしてこんなに面白く書けるのだろう。ウフ。

会社に入って息がつまりそうだったころに私の心の安定剤だった上野先生のジェンダー論。いまの私が、あの頃の本を読んだらどうなるのかしらん。今置かれているのは、追い風と向かい風の、多様性の愛憎の狭間にいる。でも、私自身の心は、だいぶ疲れなくなっているから、私個人としては、あれらの本をもう必要とはしていないのだけれど。

あれから20年、先生の興味は変わり続け、2008年はこういうテーマになっていたのね。どうしてこの本に、私は気が付かなかったのだろう。2016年の今読んでも、古く感じない、丁度議論のピークにすら感じる教育論やLife shiftについて先をいっていらっしゃるようだ。

最初は、「東大生、この空洞のエリートたち」という章から始まる。うんうん、私の東大の知っている人たち、わかるなー。「がんばったから」なんていう台詞は、まさにこの通りの言葉で聴いたことがある。私の場合は、自分にはできるわけはないといって育てられた劣等感もありながら、まがりなりにも大卒・就職はしているというある意味"ブランド"がある。したがって、本の中に出てくる「四流」と「一流」の人のどちらを読んでも、それなりの共感性羞恥が生じる痛さ。

その批判にひきつづき、学校はどうあるべきか、世の中の変化しても生きていく力はどのようにつけるか説明し、最終章の「ポストモダンの生き方探し」になんとなくつながっていく。ロジック展開は全く自分にはないアプローチだけど、いままさに経験している社会の中で、学校がどうあるべきかということや生き方に関する結論は、かなり自分の構築している世界観と近い気がする。

さて、学校は、敗者に現実をどう納得させるかということを理解させるものというところなんて話は、目から鱗。そういうことなのかなぁ。最初の章にかかれた、東大生像は、必然なんだなとも思わされる。実は、最近はまっているアメリカンドラマの「SUITS」も、ハーバード卒の子たちをそうやって笑うシーンがあるのだったっけ。

さてと、また近いうち読みかえすと思う。色々もう少し体の中で熟成させたい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

M

  • Author:M
  • Yogi目指して、ほへ~っと。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク