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多田富雄著「イタリアの旅から」

アメリカにももって行きながら、読み終えられなかった本。

ここ数週間は、6月の旅行、夏休み、10-11月のオケ来日チケットと心がわらわらとして何も手につかなかったのです。夏休み、海外にいくのはやめておこうということにしたら、なんとなく心の平静をたもてるように。

昨年の梅酒の梅を上げたり、そろそろ味噌甕の蓋を開けなければいけないのですが・・・ちょっと、味噌甕のカビが怖くてまだあけられずグダグダしながらこの本へ。

おもしろく拝読。

いや、こんな風に旅をしてみたい。ゆるりと。いつも、一週間でとんぼ返り。退職したらできるかなぁ?

色々、歴史と地理、その美術に関して言うと、読んでもやはりすぐに抜けてしまうのですが。エッセイの締めが、丁度、おとづれたことのあるタルクイーニアだったので、その不思議な地形、お墓、記憶がよみがえってきました。 

ほんと、エトルリア人にうまれてみたかったわぁ。楽天的、享楽的で、でもロジカルで。美しいものに囲まれているようでした。

そして、もう一つ、なぜか強くに頭に入ってきたお話は、ボッティチェリの春。実は、パッツィ家の反乱(Wikiですと、「パッツィ家の陰謀」となっています。イタリア語: Congiura dei Pazzi)に関連しているらしいということ。1478年、フィレンツェのパッツィ家(Pazzi)がライバルであるメディチ家当主のロレンツォ・デ・メディチらを暗殺しようとした事件だそうです。ロレンツォは逃れますが、ロレンツォの弟のジュリアーノは殺害されます。この絵は、そのジュリア―ノと、その恋人シモネッタの物語とこの中には書かれています。

他のページをみると、ボッティチェリの「ヴィーナス」も、フィレンツェ一の美女と呼ばれたシモネッタがモデルともありますね。シモネッタさんが亡くなってずっとあとの作品のようですが。

ちなみに、色々なサイトをみると、この後、ロレンツォは、パッツィ家関係者らへの報復は容赦の無いもので、パッツィ家当主をはじめ100人近くが捕らえ、処刑したようです。特に、ジュリアーノを最初に刺したるベルナルド・バンディーニ・バロンチェッリ(Bernardo di Bandino Baroncell)はコンスタンティノーポリまで逃れたものの捕らえられ、フィレンツェに送られて絞首刑にされました。その様子は、ダ・ヴィンチによるバロンチェッリ(イタリア語版)処刑のスケッチ (1479年)が有名のようです。

華やかにみえるようで、パトロンの思いがわかると、ちょっとこわくなったりするような。

フィレンチェというと、ローマの休日♪なんだけどなぁ。しかも、英語読みはフローレンス。いってみたい場所ではあるけれど、こんな事件もあったのですね。

お金持ちって大変。最近一般人でよかったなぁとつくづく思う日々でした。
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