染織史3

中世の染織

平安時代~鎌倉時代(8C-12C)
・現存するものがほとんど見られない
・源氏物語絵巻
・神宝の中の神服
1.鶴岡八幡宮
2.熊野速玉神社 足利義光
 3.熱田神社 足利義政
・中国においても、唐と宋時代以降の織物には技術的な隔たりが見られる。
・遣唐使の廃止による、和様の発展
有職織物は、平安時代以来、宮廷をはじめ公家階級に用いられた装束や調度などに使われた絹織物の発展。
 二陪織物、浮織物、綾地綾、固地綾、錦、穀、紗など。・技法
 (1).織
   綾地綾 基本となる。完全複様のような複雑な織物は見られない。
   錦 経錦、緯錦は見られなくなる。もともと日本で作られておらず、輸入のみで、技術者がいなかった可能性も考えられる。
      渡来者がいたのに撤退したという考え方もある。
   羅 羅を折る技術もなくなっている
 (2).染
   応仁の乱により、過去の染織技術が壊滅したか。
 (3)刺繍

Note:二陪(ふたえ)織物(ふたえ)とは。有職織物として知られる紋織物の一種。一般に地紋のある綾地に、別の彩糸で浮文を縫取織にしたもの。すなわち地文様の上に絵緯(えぬき)による上文(うわもん)が重なることから,二陪といわれている。

室町時代後期~戦国時代~安土桃山時代
・真の意味で日本独自の文化が生まれた時代
・技術的には稚拙であるが、日本的である
・明は、高度な技術を持っていたが、技術を流出させない方針。交易で利益を得ていた。
・日本は、中国の影響を受けず、地方武士が独自の価値観で美を見出した時代となる。
 鎌倉時代の武士は、宮廷を尊重していた。絵画における武士も、貴族と同じような肖像画が残っている。
 室町時代以降の武家は、新しい価値観を創出。
 二陪織物、浮織物、綾地綾、固地綾、錦、穀、紗など。・技法
 (1).織
   唐織 『西陣天狗筆記』にみる唐織の歴史 俵屋蓮池家*の秘伝 
*俵屋は、唐織屋の蓮池氏から分家し、俵屋宗利を祖として、難題も続いた家と考えられる。8代目宗達。(というある方のブログから。お墓の墓標からよみとっていらっしゃいました)
 (2).染
   辻が花 縫い初め絞り
 (3)刺繍
   渡し繍 裏に糸を渡さずに刺繍をする方法
 (4)文様
   中国の影響を受けていない日本独自の模様の誕生。
   茶の湯等のわびさびの世界観に代表される。中国の雑器などを大事にした独自の価値観がみられる。
   「雪持」のデザイン・物語と文様・秋草文様・常盤文様(吉祥模様)
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

M

  • Author:M
  • Yogi目指して、ほへ~っと。
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク