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朝日新聞取材班「妄信」相模原障害者殺傷事件

サブタイトルの、「しょうがい」の漢字は、表表紙にかかれたママ記載。こういう本だからこそ、少し悩んで書くところかなぁという気もしましたが。新聞社はどう考えているのでしょうか。

この本では、ふたつの側面がからみあいながら進んでいきます。

ひとつは、加害者の実像。もう少し踏み込まれるのかなと思いましたが、テレビの報道を範囲を超えるような感じではありませんでした。犯人が、口を閉じているからでしょうか。ただ、彼がした謝罪は、誰に対してされたものなのか?という記載についても、考えさせられました。

もうひとつは、被害者の遺族の気持ち。違う言葉に書き換えてしまうと何も意味がないのでしょうね。この本が、取材に応じた人たちの言葉をどれだけそのまま伝えてくれているかというところなんでしょうか。まだ、この事件の被害者がどういう気持ちなのかというところ。時々胸の痛む言葉がありました。わからないなりに・・・。

そして、差別の実態でしめくくっていきます。この事件と絡めて語るのが、問題を明らかにするのに果たして適しているのか悩むところもあります。ただ、おそらく取材中にあった困難から、理解したこととしてまとめたのであろうと考えました。こういう要約であっているのでしょうか・・・。あくまで、私の理解の範囲でのまとめ。
・社会的弱者-差別を受けている人は、さらに弱者を痛めつけることで、自分のはけ口を探すことがあること
 - 本事件は、犯人の社会地位的なコンプレックスによるもので、更なる弱者に対して自分の優位性を示すことではけ口を求める
   (第一部の加害者についての記載をそういう意図に取りました。この全体の流れで行くと、こうとれるのかなという意味で。)
・社会的弱者は、こういった理不尽な目に遭った時、声を上げることができないことが利用されているのではないか
 - なぜなら、社会からそもそも”隔離”されて生きているため
・実際に、社会的弱者は、もっと社会から隔離されたり、共生していく仕組みがいるのではないか
 - 共生していないからおこる差別があるのではないか
・特に、障碍者には生産能力が低い場合があり、更に自立できない場合があるが、そういう場合の生きる意味について
 -  普通に健常者が、事故や、老いたとき、その生きる意味とリンクして考えられるのではないか
 -  過去にあった法律にみる優生思想など、や、ヒトラーにみる優生思想の恐怖。

私個人的には、個人が生きる意味や価値について、他人によって決められるものではないと思ってしまうのです。そもそもそれを語ること自体が、意味が分からないな、おそろしいなと思うんですけれど。基本的人権って何?って知らないんでしょうか。あなたより私の方が優秀だからとか言う理由で、何かされることが許されるなら・・・恐ろしいです。

共生については、そうかもしれないと思うところもあり、実現プロセスについてはノーアイディアなのでなんともいえない部分もあり、自分なりの答えはまだないです。さまざまな種類の障碍がある中で、どういう風なプロセスを通じたらいいのでしょうね。ほんと悩ましい限りです。順番に手を付けていくしかないのでしょうけれど。
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コメント

No title

そういう書き方だったのですね。ご紹介ありがとうございます。

そういう書き方というか、こう解釈すればつじつまが合うのかしらという感じです。
なぜこういう構成なのか時々悩みながら拝読しました。

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